発展途上のボクらとしては
 



     6



物心ついたころからのこっち、ずっとあの地獄のような孤児院に居た身。
世間もろくに知らぬまま追い出され、
そのまま驚天動地なあれこれへ巻き込まれて今に至るといっても過言じゃあなく。
そんな中にて様々な出会いはあったれど、
異性とだって付き合ったことなんてないのだ、同性同士の交際の何たるかなんてよく知らない。

  それでも
  大好きになったあの人の、傍に居たいと思うようになって

ふと目があったら どちらからともなく込み上げる喜色に頬笑み合って、
そんな気持ちの共有がそのまま“嬉しい”へ変換されてのこと、じんわりと胸が頬が熱くなる。
傍にいるだけであっても、そんな風に暖かくて柔らかな想いに浸れる、
そういうささやかな幸せでも十分だったのに。
いつのまにやら
それだけではもどかしいと思う、強欲な自分が身体の何処か頭のどこかでムズムズしていて。

  だって、ずっともっと一緒に居たいのだもの

怒鳴られ罵られてばかりだったボクへ、
可愛いなあと綺麗な目を細めて笑ってくれる。
叩かれたり突き飛ばされたりしか知らなかったボクへ、
いたわるようにやさしく触れてくれる。
悪目立ちして自分でも嫌いでしょうがなかった髪を梳いてくれて、
そおと口づけ落としてくれる。

  そんなあの人の匂いを温みをずっと感じていたい、
  もっと撫でてほしいし、こちらからも触れてみたい

ああそうか、一つになりたいって願うのはこういう想いが生まれるからかと、
そうまでの深さ濃さであの人への “好き”をつのらせていた。

  触れてもらうと暖かい。
  懐ろへくるまれる良い匂いに、頼もしい胸板の堅さにドキドキする。
  それで十分嬉しかった、幸せだったのに

まだ微妙に真似事のそれながら、
それでも体を重ねるよになってからというもの、
自分の強欲さはどんどんと募って止められない。
欲しいと請われている時の、甘くてそれでいて鋭い目にぞくりとする。
そのまま触れられると、撫でられた肌が燃えるような熱を帯び、
唇を重ねると指先や爪先から突き抜けるよな感覚が走って、
下腹の奥底がずくりと熱をもって重くなり、
やがては体の芯がとろりと蕩けてしまいそうになって……。

  恋情とは熱病のようなものと誰かが言っていた。
  何かが真面じゃなくなるほどに、欲しいと焦がれる熱がほとびて。
  どれほどの人格者でも、どれほど押し隠しても
  その片鱗が視線や声に滲んでしまうほどに、抑えがたいものなのだろう




     ◇◇



 『太宰さん、あれ以来、何だかとても嬉しそうなんだ。』

敦が“あれ”というのは、先月のちょっと寒かった頃合いに、
風邪を拾ったらしい太宰が、そのせいだけでもなさそうな
何だか妙な素振りを見せた顛末の話だろう。(一周まわって ふりだしへ?、参照)
本心では双方ともに相手への深い深い想いを大事にしていたくせに、
様々な要因からそれがこじれて複雑に錯綜していた恋心。

 大切にしたい、なので疎んだ

幼いうちからマフィアへ迎えた黒獣の君を、
それはこっぴどく扱って、裏社会で生きてゆけるよう叩き上げ、
上司である自分からも無能ゆえに疎まれているのだと周囲へ知らしめ。
同情されこそすれ、幹部の気に入りと嫉まれることなぞないよう突き放し。

 そんな小細工から生じたこじれ、もはや必要なくなって消えたというに

自分のような虚洞に添うても何も得られはしないからと、
踏み込んでも呆れるほど空っぽなのだと装っていたのは常からだったが。
大事な相手だからこそ、自分の手で遠ざけようとその腹の底で考えていた懲りない人。

  人を救うにはそのくらいで居なけりゃ帳尻が合わないのでね、ということか

頭が良すぎる人がそりゃあ徹底した策を練るには、
そしてその奇策へ誰をも巻き込まないようにするには、
自分自身が捨て身になるしかないのだという、
その聡明さゆえに、周囲の人たちが大事なゆえに、
いざとなったら自分へ負を集めてよしとするよな、困った計画を辞さぬとする困ったお人。

  そんな太宰さんが、其れもまた自己完結の一端として

大事なキミだからこそ とっとと幸せな人生へ踏み出してと、
添い遂げる相手を見繕ってやらねばなんて言い出して。
何とか真意を聞き出した敦が右往左往した末に中也を呼び出し、
終いには当事者である芥川まで呼び立てて、何とか諭したのが先月の話。

  そんな騒ぎを“あれから”と差した虎の子くんには、だが、
  さしたる仄めかしのつもりはなかった、ものか

書類整理や報告書書くのもサボらないし、
自殺だってふらり出てくのも減ったし。
まあそれはこのところ凄く寒いからかもしれないけれど、
それでも、退屈だぁなんてだらけてたのが嘘みたいで、
どうしたんだろうと吃驚しておれば、訊きたい?なんて意味深に笑うから、

 「ああこれはもしかしてって。」
 「〜〜〜〜〜〜〜っ。/////////////」

あの人は もぉお〜〜〜〜〜〜っと、
何でそういう態度をするかな、
いくら事情が通じる相手でも…よもや口外したのか何かしら、と。
勝手に先走ってあれこれ案じ、
らしくないほど真っ赤になって頭を抱えた芥川を、
されど 今更その話で冷やかしたい敦ではないようで。
むしろ、含羞にのたうち回りたいような相手の心情は判ると、

 「ごめんね、恥ずかしいこと持ち出して。でも」

一応は謝りつつ、でも、と。
それを持ち出さないと進められない話をしたい彼ではあるらしく。
弟分がしおらしい顔をしたのを見やり、
まだ頬は火照ったままだが、それでも何とか顔を上げた芥川、

 「……で? それを訊いてどうしたいのだ。///」

あああ、年上の威厳も何もあったもんじゃないなと、
他でもない自分でもようよう判る頬の紅潮も何するものぞ、
とっとと核心に触れて、そのままとっとと済まそうと構えたか。
ややぶっきらぼうな口調で問えば、
打って変わっての邪険なあしらいにも怯まず、
虎の子が訥々と語り始める。

 「うん。…あのね?」
 「…おう。」
 「中也さんから、大人になるまで待つって言われて。」
 「うむ。」
 「でも、どれほど大変なことかが判らなくって。」
 「う、うむ。」
 「体中キスされて、Pi-が Pi---して、訳が判らなくなる以上のどんなことされちゃうの?」
 「えぇえ、えっとぉだなぁ……。//////////」

余り濁さないままに言葉を連ねた敦だったのへ、逆に中てられた格好で、
再びかぁーっと真っ赤になった兄人へ、

 「そんな大変なの?」

ボクって体力ある方だけど、それでも間に合わないの?
というか、ボクより体力なさそうなのに、
あ、羅生門全開にしてるとか?
でも相手が太宰さんでは意味ないよね。

 あのな…

知らぬからこその、無知だからこその言動だ。と判っちゃあいるが、それでも
こちらばかりが羞恥に炙られている現状は、何とも腹立たしいというか。

「貴様のような元気も生気もあり余っとる奴は、
 いっそのこと一遍相手してもらって思い知った方がいいのかも知らんなっ。」

「え? そんな憎々しげに言いたくなるほどやっぱり大変なの? 懲罰レベルなの?」

なのに、その細い身で太宰さんと……って、

「愛って偉大なんだねぇ。」
「だ・か・ら、だなっ //////////////」

何でこやつ、そうまで平生の顔で居られるのだ
そうか知らぬからかと、混乱気味に芥川が自己完結しておれば、

  中也さんたら、
  今でさえ息切らせてゼイゼイ言ってるのに、
  この先なんてまだ無理だって言うんだ。

 「……っ。///////」

もっと赤面ものなことを口にした虎の子だったものの、

「つらいのか痛いのかまでは教わってないけど、
 それだけじゃあないんでしょう?
 でなきゃあ、好き同士が繰り返すものじゃあないはず。」

「う…。」

確かにと、ちょっとばかり言い込められかかる。
受け身の側には何とも苦しい行為だが、それだけじゃあない。
快感だけが目的なのではなくて、
それは愛しい相手と これ以上はない深みでつながり合っていること
苦しい中で実感出来るのが得も言われず至福なのだし、
征服されることさえ独占欲に通じて……

 「   お〜い?」
 「…っ、ともかく。まだ早いっ。」

我慢させてまで強いたいとは思ってないという中也の言い分は大正解で、
まだまだ幼く世間知らずで、しかも辛い目ばかり負って来た愛し子に、
そんな無理強いしたくはないと言っているのなら、
むしろそういう慈愛の精神を貫徹させてやればいいのだと。
芥川お兄ちゃんとしては大兄の意向を押す所存らしかったが、
其れでは不満ならしい小虎くん。
ふぬうと口許を歪めると、まだまだ食い下がる気満々なご様子。

 「だってさ、成人年齢は18歳に下がったのに、
  相変わらず“未成年だから”って言われるのはおかしいと思わない?」

 「はい?」

不意打ちにもほどがある話の方向転換に、
目下相手に思わず丁寧語で応じてしまった、黒獣の覇者様だったことにも気づかずに、

 「投票できる歳なんだから、もう未成年って括りじゃあないんだろ?」
 「…………ああ、それで。」

ふんぬと口許を への字にし、
そうとルールも変わったのにぃと、しごく真っ当なことのよに云う彼だったが、
芥川にしてみれば、言われてああと気づいたくらいに慮外もいいとこな事項だったよで。
呆気にとられた兄人に気づかぬまま、だってだってと敦が紡ぎ続けた言によれば、
先だって行われた総選挙、谷崎と敦という18歳組の二人が初投票だったそうで。
そこから ふと、あれれぇ?と、
寸止めにされているあちらの方へも想いが至った少年だったらしくって。

 「いやそれは政治参加の年齢に限った話のはずで、
  身体的な何やかやが変わったわけではないのだからと、
  確かタバコや飲酒は20歳まで待てとなったままのはずだが。」

そうと諭した芥川にしてみれば、
飲酒や喫煙への年齢制限なんてそもそも考えたこともあまりない。
ポートマフィアの人間だもの、
法に触れるのでなんて事情になんぞ はなから縁はなく、
未成年だからなんて言って庇護されようはずもなく。
何となれば車の運転だってもっと幼いうちから手掛けていたし、
公的にはいまだに無免許のままだ。(警邏にはナイショだ、よしか?)
中也が敦へと気遣っているのは知っていたが、それは虎の子くんが裏社会の人間ではないからで、
そんな中也も ついでに太宰も、今の敦と同い年で既にそれらと親しんでいたはずだ。
そうか世間ではそんな規制の変更があったのかと、
だからこんな突拍子もない展開に…と、やっとのこと話の流れの乱気流ぶりへ追いついておれば、

 「え? そうなの?」

何だー、だったらもう僕の前でもタバコ吸っていいんですよって言えると思ったのに、と
恐らくはその辺りが このとんでも発想の始まりだったの窺わせるような言いようをする。
切っ掛けはそんなところだったものが、

 「でもさ、未成年だからって我慢してもらってるのが、なんかその…。///////」

好きだからこそ込み上げる想いの果てのもの。
それをそんな“規則ですから”なんて通り一遍な物で我慢させているのは、
何とも気が引ける敦だったようで。
勘違いをしていたこと、今になって恥ずかしくなったのか、
それともそれで勢いづいたこととして、ちょっとエッチな話を持ち出したことが以下同文か、
勢いもそげてのうにむにと口ごもってしまう恥じらいようへ、
くすすと やっとのこと余裕の笑みを浮かべた芥川、

 「そういうのをこっちが気遣うのは僭越じゃあないのか?」
 「う〜〜〜。//////」

中原さんは一旦こうと決めたら譲らぬぞ?と付け足すと、
それは知ってると不貞腐れたように返して来て。

 「中也さんカッコいいって、いつも貴様が思ってるそれで十分だと思うが。」
 「ボクだけ浮かれてるみたいに言うなよな、
  さっき寸止めかって訊いたら真っ赤になったくせに。///////」

自分だってまだまだ純情なくせにと、イーだといい歯並びを見せる弟くんの憎まれをいなすよに、

「真昼間から閨事なんて持ち出すような、恥知らずなガキではないのだよ。」
「ねやごと?」
「だから〜〜〜〜。//////」

復唱されて暗に説明を請うとされると、
途端に赤くなって動揺する程度には、まだちょっと初心者です、漆黒の覇者様。(笑)







そしてそして、

 「……これって私だけ聴いてていいことじゃあないと思ってさ。」
 「

何か可愛いことで揉めてない?あの子たち、と。
棒状の小型録音機を手に、馴染みのバーにて捕まえた素敵帽子の元相棒へ、
ややこしい問答をわざわざ聞かせた包帯付きの美丈夫様だったのは。
こぉんな面白いもの、されどこんな格好で盗み聞いてたと知られるの怖さに、
共犯者に引きずり込みたかったからに違いなく。

 「相変わらず盗聴器つかいまくってんじゃねぇ

違うのー、今回のはいつもの悪戯とか故意にじゃないのー、
前の仕事で敦くんのコートにつけたまんまだったらしくて。
ウチのは、他所の消耗品扱いな、
100m以内とか至近に居ないと電波が拾えないような
半端な品じゃあないから問題でさぁ。
あ・でも安心して、この受信機でないと拾えないから。

 「というわけで、悩める虎の子くんを安心させてやってよね。」

出来ればこれ以上うちの子を振り回さないよう言っといてと。
冗談口調で付け足した太宰だが、
実のところ敦もまた可愛い部下だけに、
むずがっているのなら何とかしてやりたい気もあるのだろ。

 “こないだの悶着を収めてくれた借りもあるしね。”

手渡された録音機を睨み、むむうと困惑気味になってる元相棒の横顔に、
此処だけ見れば妙齢の女性が山ほど卒倒しそうなそれ、
惚れ惚れするよな魅惑の苦笑を送りつつ。
本当に退屈しない日々なのへ乾杯と、
琥珀色の酒精を満たしたグラス、そっと掲げた太宰であった。





     to be continued. (18.02.04.〜)




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 *これって“R-18”としといたほうがいいのかな。(大笑)
  要は、敦くんのちょっと大胆なご不満と
  相談相手にされちゃった芥川くんのご難という話だったわけで。
  まさかに例の “成人年齢18歳に”から発したギャグ落ちとなろうとは
  …おかしいな何処で舵取り間違えたんだろ。
  (ちなみに、パチンコや馬券買いは、
   20歳過ぎてても学生だったら遊興してはいかんそうです。)

  そして、それを不可抗力で聞いちゃったお兄さんたちというのは
  ただのオマケだったのですが。
  これが聖バレンタインデー作品というのは何だか口惜しいから、
  またぞろ“蛇足”を書くかもですよ、お待ちあれvv